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東京地方裁判所 平成3年(ワ)10862号 判決 1993年11月30日

原告

嶋田敦雄

原告

柿沼保正

原告

河田一男

原告

山口長治

右原告ら四名訴訟代理人弁護士

髙橋崇雄

宮岡孝之

被告

大和コンクリート工業株式会社

右代表者代表取締役

山口彰

右訴訟代理人弁護士

小室貴司

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告は、原告嶋田敦雄に対し、金二九五九万六五〇〇円及びこれに対する平成三年八月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告柿沼保正に対し、金三八九八万〇六五〇円及びこれに対する平成三年八月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告河田一男に対し、金二〇一五万六二五〇円及びこれに対する平成三年八月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告は、原告山口長治に対し、金三四三四万八七〇〇円及びこれに対する平成三年八月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告らが被告会社の役員又は従業員であったとして、被告会社に対し、各自の退職金及びこれに対する訴状送達の翌日以降の遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実

1  被告会社は、コンクリート製品の製造販売等を業とする株式会社である。

2  原告嶋田は昭和三四年二月二一日、原告河田は昭和三五年五月一日、それぞれ被告会社に雇用され、両原告は、平成三年七月五日をもって被告会社を退職した(後記の役員就任期間中の従業員性については争いがある。)。なお、原告河田は、昭和五二年一一月一五日、工場長に就任した。

原告らは、平成三年七月五日到達の書面により、被告会社に対し、被告会社の役員を辞任する旨の意思表示をした(なお、原告らと被告会社との間の勤務に関する契約関係の性質の点は別として、契約関係そのものが終了したことは争いがない。)。

3  原告らは、それぞれ被告会社の役員に就任したが、その役職及び期間は次のとおりである。

(一) 原告嶋田

昭和三九年五月二〇日から昭和四三年一一月二〇日まで監査役

昭和四七年一一月一六日から昭和四八年七月一六日まで監査役

昭和四九年一一月一六日から昭和五二年一一月一五日まで監査役

昭和五二年一一月一五日から前記辞任まで取締役(なお、平成二年八月一五日から前記辞任までは代表取締役)

(二) 原告柿沼

昭和三二年一一月二八日から前記辞任まで取締役

(三) 原告河田

昭和五二年一一月一五日から前記辞任まで取締役

(四) 原告山口

昭和三七年三月一〇日から昭和四一年五月二〇日まで取締役

昭和四一年七月二〇日から昭和四三年七月二〇日まで取締役

昭和四七年一一月一六日から昭和四八年一一月一六日まで取締役

昭和四九年一一月一六日から昭和五二年一一月一五日まで取締役

昭和五二年一一月一五日から前記辞任まで監査役

4  被告会社の定款には、役員の退職金の支払条件、内容等に関する明文の規定はなく、また、原告らの役員としての退職金については、被告会社の株主総会の決議はなされていない。

二  争点

1  原告らは、被告会社に対し、役員としての退職金(原告嶋田及び原告河田の役員就任前については、従業員としての退職金)の支払を求める権利を有するか。

(原告らの主張)

(一) 被告会社においては、役員を退職した場合、退職金を支払う慣行が存在するから、退職金支払義務がある。

被告会社のような小規模な閉鎖会社では、役員の手盛りにより会社と役員との利害対立が生じる可能性はなく、そのような被告会社の側から株主総会における決議がないことをもって、退職金の支払を拒絶することは、信義則に反するもので許されないというべきである。

(二) 原告らは、代表取締役であった亡山口徳一(一七年八か月間勤務)に代わって被告会社の経営を行い、順調にその業績を伸ばしてきたものであるから、原告らの役員としての退職金については、右山口に対して支払われた二〇〇〇万円(一年当たり約一一三万二五〇〇円)を基準とすべきである。

なお、原告嶋田及び原告河田の当初の従業員としての期間の退職金については、中途採用者であり、高齢者であった亡石鍋次男(一二年間勤務)に対して支払われた退職金の額が一二七万円(一年当たり約一〇万五九〇〇円)であったことからすると、現役で長期間勤務した原告らに対するものとしては、一年当たり二〇万円が相当である。

(三) そこで、原告らは、被告会社に対し、退職金として次の金額を請求する。

(1) 原告嶋田 二九五九万六五〇〇円

(200,000×6年5か月)+(1,132,500円×25年)=29,596,500円

(2) 原告柿沼 三八九八万〇六五〇円

(1,132,500円×34年5か月)=38,980,650円

(3) 原告河田 二〇一五万六二五〇円

(200,000円×16年6か月)+(1,132,500円×14年6か月)=20,156,250円

(4) 原告山口 三四三四万八七〇〇円

(1,132,500円×30年4か月)=34,348,700円

(被告会社の主張)

退任した役員に退職金を支払うには、商法二六九条、二七九条一項による手続を要するが、本件ではそのような手続はなされていない。したがって、原告らの役員としての退職金の支払請求は、この点において既に失当である。

2  原告らは、被告会社に対し、従業員としての退職金の支払を求める権利を有するか。

(原告らの主張)

原告らは、実質的な経営権を有する山口徳一及び本橋鉄蔵の指示に基づいて、左記の期間、被告会社の職務に従事してきたものであり、このことは役員就任の前後を通じて変わりはない。

(一) 原告嶋田

昭和三四年二月二一日から平成三年七月五日まで

(二) 原告柿沼

昭和三二年一一月二〇日から平成三年七月五日まで

(三) 原告河田

昭和三五年五月一日から平成三年七月五日まで

(四) 原告山口

昭和三七年三月一〇日から平成三年七月五日まで

したがって、原告らは被告会社において従業員的性格を有していたのであって、被告会社は、原告らに対し、従業員としての退職金を支払う義務がある。そして、その額は、少なくとも原告らの退職当時の給与に基づいて算出される額を下回らない。

なお、被告会社の後記主張のように退職金支払の条件を在職中の死亡にかからしめることは職業選択の自由を侵害するもので、違法というべきである。また、原告嶋田及び原告山口は、前記のとおり監査役に就任していたが、被告会社の都合により監査役に就任させながら被告会社が商法二七六条を根拠に両原告の従業員性を否定することは信義則上許されない。

(被告会社の主張)

原告柿沼及び原告山口は、昭和四三年以降非常勤の役員であり、従業員的性格を全く有しない。また、原告嶋田が代表取締役であった期間、原告柿沼が専務といわれていた期間、原告嶋田及び原告山口が監査役であった期間については、いずれも従業員性はない。仮に原告らに従業員としての性格を併有している期間があるとしても、その併有する割合が明らかでない。

被告会社において退職金が支払われるのは、被告会社が当該役員又は従業員を被保険者として生命保険契約を締結し、その保険料を支払い、かつ、当該本人が終身まで被告会社に籍を置き、死亡し、生命保険金が支払われた場合である。被告会社に定年の定めはなく、中途退職した場合は、自らその権利を放棄したことになり、退職金の支払を受ける資格を欠くことになる。被告会社は、昭和五九年七月二五日、役員の退職金に関して右趣旨の内規を定め、今日に至っている。原告らは、被告会社に役員として在職中、右内規に従った行動をとっておきながら、本件訴訟において、これを否定するような取扱いを求めることは信義則上許されないというべきである。

なお、右併有の間の従業員としての退職金請求と原告らが当初から請求していた役員としての退職金とでは、訴訟物、請求の基礎が異なるから、前者については別訴で主張すべきである。

3  相殺の可否

(被告会社の主張)

被告会社は、被告会社の役員であった原告らに対し、(一)被告会社の埼玉コンクリート製品協同組合に対する出資金の不明分三〇万円、(二)被告会社が有する武蔵野銀行の株券の不足分(約二〇〇〇株)相当の金額一二〇〇万円の各損害賠償債権を有する。そこで、被告会社は、右各債権をもって原告らの本件請求債権とその対当額で相殺する旨の意思表示をした。

また、被告会社は、原告河田に対し、同原告に対して有する一〇万円の貸付金債権をもって、同原告の本件請求債権とその対当額で相殺する旨の意思表示をした。

4  同時履行の抗弁の成否

(被告会社の主張)

被告会社は、原告らを含む役員との間で、役員が退職する際には、その有する被告会社の株券をその退職金の支払と引換えに返還する旨の合意をなした。

したがって、仮に原告らの本件請求が認められるとしても、被告会社は、原告らに対し、右株券を返還するまで本件請求債権の支払義務の履行を拒絶する。

第三争点に対する判断

一  役員としての退職金請求について

被告会社の定款において、役員の退職金の支払条件、内容等に関する明文の規定がないことは当事者間に争いがないところ(<証拠略>によると、被告会社の定款二二条に「取締役及監査役の報酬及退職役員の慰労金は株主総会の定めるところによる。」との規定があることが認められるのみである。)、右退職金は、商法二六九条、二七九条一項の報酬に該当するから、株主総会の決議を要するものと解するのが相当である。このことは、原告ら主張のような慣行の有無や当該会社の規模に左右されないといわなければならない。ところが、原告らの役員としての退職金については、被告会社の株主総会の決議はなされていないのであるから、原告らの請求のうち、役員としての退職金の支払請求は、この点において理由がないことに帰する。

原告らは、被告会社の側から株主総会の決議がないことをもって、退職金の支払を拒絶することは信義則に反すると主張しているが、商法二六九条、二七九条一項は強行規定であり、右決議の存在は役員の退職金請求権の成立要件であるから、これを欠く以上、右請求権は成立していないのであり、信義則を問題にする余地はないというべきである。

二  従業員としての退職金請求について

証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によると、被告会社においては、三井生命保険相互会社との間で、役員及び従業員全員を被保険者とする団体定期保険契約(掛け捨て)を締結しており、昭和五九年七月二五日に定めた内規に基づき、右保険契約により支払われる死亡保険金を当該死亡者の退職金に充てるものとしていること、被告会社が退職金を支払った先例(代表取締役本橋鉄蔵、取締役小島正慶及び代表取締役山口徳一の場合)も被告会社に在籍のまま死亡したときに限られていること、すなわち死亡退職金のみであったこと、因みに、被告会社では定年制は採用しておらず、終身在籍し得る建前であり、右先例の退職金の額も、創業者として貢献したことから特別に金額を上積みした代表取締役山口徳一の場合を除き、右保険金の額が支払われたこと(ただし、支給の名目上は、これが退職金と弔慰金とに振り分けられた。)、以上のことが認められる。そうすると、原告らの従業員性の有無はさておき、既に被告会社を退職した原告らとしては、右内規や先例を根拠として、従業員としての退職金を請求することはできないというほかはない。

この点に関し、原告らは、右退職金の支払を在職中の死亡にかからせることは職業選択の自由を侵害する旨を主張しているが、退職自体が制限されているわけではないし、被告会社においては定年制を採用していないこと、証拠(<証拠・人証略>)によると、従業員に関しては、被告会社において中小企業退職金共済事業団との間で退職金共済契約を締結し、同事業団の退職金制度を利用していることが認められることなどを考慮すると、右主張は採用することができない。また、証拠(<人証略>)によると、原告柿沼及び原告山口が常勤から非常勤となった際、同原告らに対して退職金が支払われたことがあるが、これは、右内規の制定や右生命保険契約の締結よりも前の昭和四四年ころのことであったことが認められるのであるから、これをもって慣行であるとすることもできない。さらに、前記事業団の退職金制度は、支払義務者が異なるなど事業主自らが定める退職金制度とは別個のものであるから、被告会社が前者の制度を利用していることを根拠として、原告らが被告会社に対して従業員としての退職金を当然に請求できるものでもない。

そして、ほかに、被告会社において、労働協約、就業規則、労働契約等により従業員の退職金を支給すること及びその支給基準が定められていることを認めるに足りる証拠はないし、また、その点に関する労働慣行を認めるに足りる証拠もない。したがって、原告らの従業員としての退職金の請求も理由がない。

なお、被告会社は、役員に就任していた間の従業員としての退職金については、別訴によるべき旨を主張しているが、右請求と役員としての退職金の請求は、訴訟物が異なるとはいえ、その背景となる基本的な事実関係は同じであり、請求の基礎に変更はないというべきであるから、右主張は採用することができない。

三  まとめ

以上の次第で、原告らの請求は、その余の点について触れるまでもなく、いずれも理由がない。

(裁判官 小佐田潔)

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